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ben小世界。得るばっかりなんて都合のいい話はない。失うものもある。
はーい。みなさん。どーもです。”ただのben”です。

旅絵の紹介です。みなさん写真をご覧になってすでにお気づきの方もおられるかもしれませんが、
絵の横にあるコンビニの割り箸。毎回写真にはいっておりますが、とくにスケール代わりにおいているわけでもなく、ただただそこに鎮座しておられるだけでございます。名をコンビニ箸の”緑八さん”といいまして、只今ひまをもてあましておられるそうです。
では以下に旅絵でございます。


旅絵9

旅絵10


旅絵11


旅絵12



さてさて、”得るばっかりなんて都合のいい話はない。失うものもある”なんてタイトルの記事ですので、またもや前回に引き続き個人的な話となります。意味不明な点も多々ございますので、「”ウザイ”と思ったらシャットダウン!」でよろしくお願いします。


”時代にお礼を””相手は時代”なんておかしな話の続き。もう完全に感覚の話。

結論から言いますと、只今11/10現在。
正直な話どうなったのか?

相手(時代)は嫌がってくれた。そのー、「分かった。分かった」と、うんざりしてくれた。
それで彼なりに返事もくれた。

もうどうにもならないほど個人的感覚でした。....



”大切な人がほんと1メートル先にいるが、そのじつ心と心の距離は6000キロ離れている”

”大切な人と6000キロ離れているが、そのじつ心と心は1メートルに満たず近い”


物理的現実と肩をならべて歩くそういう”感覚”は人によって様々でしょうが、生きる上で現実と一も二も争えないほど大切です。
何故って?その二つはあくまでも肩を並べて歩いているからです。
そして、”しあわせ”っていうやつもこの感覚がつかさどっている......

と書いたところでこう思います。一体誰に向かってこんな”心の本” みたいなことを言い出しているんだ!(苦笑)...(汗)。はっきり言って危険です(笑)

ですんで、いつになれば出口が見つかるか分からないような長々話しになる前に、強引に無理矢理に話を展開していきます。

”得るばっかりなんて都合のいい話はない。失うものもある”

何を根拠にこんなことを言い出すのか。もうこれは感覚的経験からですね。
例えば、時が訪れると同時に去って行くように。

なにかを得ると同時になにかを失う。または得た分だけどこかでまとめて失う。また、補足を加えれば、得たものと失うものは等しい。たくさん得れば、そのぶんたくさん失う。

そんなことを言い出すのなら、逆に”何かを失えば、何かを得るのか?””失い続けることもあり得るんじゃないのか?”うんぬん等等あるでしょうが、それらについては正直分からない。
”分からない事をただ言葉を転がし並べて、はいできあがり。答えです”そういうこともできるのが言葉。僕が言葉の嫌いなところでもあります。これは蛇足です。

具体的なことを何一つ言わず話を進めて申し訳ないんですが、その、こういうことはあんまり認めたくない性分の人間ではありますが、早い話。僕は何かを失ったようでして、落ち込みの季節というか、エンジンがかからないというか、元気がでないというか、きついというか、しんどいというか、無気力というか、から元気はマジ無理というか、そんな状態が続いておりまして、この記事も自己治癒をかねて書かさせて頂いております。本当にもうしわけございません。


しかしながらも、こういうことは、いままでの人生何度か訪れたたことです。
日本縦断の時もそうだったし、中国地方の時もそうだった。
で、そういうところ・状態をゼロポイントと言わせてもらえるなら、そこから少しづつ積み上げるように絵を描いていった。リト村の話も作っていった。たぶんに自己治癒もかねて。

今になって、もしかしたらとこう思います。
歩いて北海道宗谷岬にたどり着くことで、原点回帰がかなうと思っていた。縦断の出発地点へ行けば叶うんじゃないかと。
でも違ったんですね。宗谷岬にたどり着いた時点では、余力があった。原点回帰は叶わなかった。
だから無意識に余力を使おうと、自転車をこぎ出した。
そして自分なりに余力も使い果たして帰ってきた。
それから惰性のおまけのような勢いがいつまでも続くわけがなく、”今”というところにたどり着いた。
帰ってきたようです。
今。ここ。
ゼロポイント”原点回帰”


最後に。得たものは、得たものでちゃんとあります。
かけがえのない大切なものです。
で、何かというと大切すぎて内緒です(笑)では...。



なんだかマゾ話ですね。でもサドもいますね。一人SMですね。コワイです。
11/10 18:09 | benメモ | CM:5
恐縮ではございますが、なんとなく分かります、そんな気持ち。
今までの自分の経験は、身近にある大切なものに気づくために用意されていたものなのかな、と今では思えます。

benさんの描かれる風景画、好きです。


> 恐縮ではございますが、なんとなく分かります、そんな気持ち。
> 今までの自分の経験は、身近にある大切なものに気づくために用意されていたものなのかな、と今では思えます。
>
> benさんの描かれる風景画、好きです。


もうそれは、正直な話。素晴らしいことじゃないんですか!!
早起きしてアイスクリーム食べた時の感動にちかいものを感じました。

こんなコメントをすると、すぐにマスターから苦情をうけることがありますが、もう言葉そのまんまを受け取って頂ければと思います。
好きですと言われれば、”おいしいです”と反射的に言葉が浮かぶ僕をおゆるし下さい。
コメント、ありがとうございましたv-184





こんばんわ
ただのbenは、違和感があります、
自分は、絵描き=絵で飯を食う人と言うのも違うと思うし、
何かが違うきがします、作品も素晴しいし、どのように名乗るのも、人それぞれじゃー無いでしょうか?
kouさん無理はしないように。それでは、来月の朝市で。
福島さん、ありがとうございます!

まー、kou的解釈では

絵描きのbenが普通の状態のbenさんで

ただのbenのほうがイレギュラーbenさんなのでは。

なーんて、よくわかりませんが期間限定なんで大丈夫でしょう。

貴重なご意見ありがとうございます!

来月の朝市でお会いしましょう~




> こんばんわ
> ただのbenは、違和感があります、
> 自分は、絵描き=絵で飯を食う人と言うのも違うと思うし、
> 何かが違うきがします、作品も素晴しいし、どのように名乗るのも、人それぞれじゃー無いでしょうか?
> kouさん無理はしないように。それでは、来月の朝市で。

どーもです。コメントありがとうございます。
率直に言って「なんでそんなことを言うんだよ」と思われたんじゃないかと思います。
ですです。たぶん。すんません(汗)

それでもまたもや誤解をおそれず申しますと、
”ただのben"は僕らにとって先に進むための第一歩なんです。
自分の現在位置を確認すること。認めること。逃げないこと。
さらに本音を言うなら、明確な目標をもう一度掲げたいがためです。
「もう一度、絵描きを目指す。潜在能力を信じて」
そういう気概をもちたい。

僕にとって”絵描き”とは、一生をもってなれるかなれないか、
そう思える職業と今は考えています。だからなりたい。

と言ったとろでこうも付けくわえないと。
僕が今そういうのは、自分にたいしての”いましめ”もかねています。
また、福島さんがおっしゃるように、”どのように名乗るのも、人それぞれ”ですよね。
では。

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