会いたくても
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こんにちは。benです。今、旭川です。
こんにちは。benです。今、旭川です。
もうなんというか、なにからしゃべっていいのか分かりません。
うーん。優先順位が....。
まずは、9/1 14:35 無事”宗谷岬”に到着しました。
着いていろいろと感慨にふけるとろですが、着いたら着いたで、あわただしくなって、いろいろやっているうちにもう旭川に来ちゃいました。
塩見郵便局で、みなさんの便り受け取りましたよ!ほんとうれしかったです。
また、紋別などの他の郵便局に送って頂いた方々にも合わせてお礼いたします。
ありがとうございます。
最高です。もっとも高き幸せです。
では、伝えたいことを項目順でお知らせします。

①自転車で本州最南端”佐多岬”を目指す!

僕はこの宗谷岬までの旅を、出発前からみなさん方(また地元メディアさんも含めて)、
原点回帰の旅ですと公言してきました。
または、スタートポイントに立ち戻る旅だと。
そうです。僕はようやくスタートポイント立ち返ることができた。
車で簡単に行くわけにはいかない。
車や飛行機で行っても立ち戻れない。
そういうもんなんです。老いた。歩けない。無理だとあきらめては、スタートポイントに立ち戻れるわけがない。

21歳の時となんら変わらない!と意気込むからこそスタートポイントへ立ち戻れる機会があたえられるんです。そしたら、あとは”やるか!やらないか!
1993年のあのときは、
21歳になったばかりで、宗谷岬から佐多岬まで歩いた。その一ヶ月後に、単身ロンドンに行った。
それから、絵描きを目指した。縦断にかかった日数が、60日かからないくらいだった。ロンドンでの生活は約一ヶ月だった。

この旅で宗谷まであと三日くらいのとき、道東まわりで北海道を南下し南の南、佐多岬を目指す24歳の旅人と出会った。あたりまえのようにうれしくなった。ロングで歩いている者は、歩いていしか得られないものを持つ。それを共有できる。また彼は僕がいままで歩いてきた道を歩いていくのかと思うと、「うわー!決して短くはないぞ」と笑いながら思ってしまう。
北海道で出会ったハンコのおじさんとは、北海道で三度会ったが、その度にこう言われた。
「まだ、こんなところに。着くのは年内だな(笑)」
おじさんは、いままで歩いて旅をしたことがない。それだけは、断言できる(笑)

ここでハンコのおじさんを出してしまったが、まったくもって悪気はございません汗。。。



しかし、ただこの場を借りてはっきりと言わせてもらえれば、
年齢というのは、関係ない。
すべての年配者が、修羅場をくぐってきた、場数を重ねてきた人とは限らない。ただ年老いた方もいる。
年をとっているだけで、知ったかぶり。偉げはいけない。うそもいけない。

年配者で妥協し続けた方、逃げ続けた方もいるだろうし、若輩者でもまったく妥協しないものもいる。

実際この旅のある時ある場所では、60歳のおじさんにどうにこうにも合点いかず、一戦交えることになった。

21歳のときから、17年後。この旅で昔と変わった点、気づいた点がある。
圧倒的、定年退職者の数。キャンピングカー・車。車。車。
それで地元の人から多数聞いたが、最近は不況で自転車の数、若者も昔よりは減っているらしい。
かわりに、ご年配ら諸君。
あるおじさんは僕にこう言った。
「若い子が今、こういう旅をすべきなんだけどね」

環境問題。車、車、車。キャンピングカー。

今の若い世代が年をとってから、北海道を悠々自適に旅ができる保障なんてどこにもない。
もしかしたら、荒らされた大地が残るだけだ。

80を超えたとっても身近な地元の方が、僕にこう言ってくれたのを覚えている。
昔と今では、年齢の感覚が15歳は違う。僕は出発前ですごく勇気付けられた。
旅で出会った数多くの年配退職者。元気がありあまっているようだけど、もう働かない。働く気がない。
なぜって?”仕事は与えられるものだと思って今まで生きてきたからだ”

仕事は、与えられるものじゃない。つくるものだ!

僕は以降、絵を描きながら仕事として、
本州最南端を目指す。それから再び歩いて岡山に帰る。絶対に。

そう、
北に向かった以上、南から帰る


~青いほうがいい。黒くならなくてすむ~

~仕事のカテゴリー欄だけ見て、仕事がないと言うな。そんな仕事はないとも言うな~


理解できない方はそっとしておく。
なんたって、岡山に帰ってくるのは30年後だ!冗談です(笑)


②大作 ”うずまくこの地の歌 2009 日本”について

作家の権限により、僕が歩んだルートを作品とします。
ちなみにですが、作家には誰でもすぐに、今でもなれます。

タイトル ”うずまくこの地の歌 2009 日本”

支持体 2009 日本

使用画材 足跡と自転車痕




この旅は結構いろんなことをはぐらかして進めてきましたが、もうこれにてネタ切れというか、ポケットにもうアイテムは入っていません(笑)...たぶん(笑)

出発前、結構いろんな人に旅ルートを聞かれましたが、「最初は日本海側を北上して、それから太平洋側にも出ます」くらいにとどめていました。まだぜんぜん歩いてもないのに、そもそも宗谷岬までたどり着けるか?と、まだ未知も未知でしたから。
でも夢っていうやつは持つべきです。
僕は、近所の某うなぎ屋のご主人に、たびたび飲みにつれていってもらっては、
「お前の職業は、ものに夢をこめて渡す仕事じゃ。お前が夢を持たんでなにがこめられる!」
と、ご主人は酒が入った強面で、僕の頭をパチパチと叩かれながらほぼ怒っていましたが、
確かにそうです。
本人が夢を持たずに、何が夢商売か!です。
問題は、その夢をいかに現実にするか!実際の勝負はここからですよね。
頭に夢を描いて現実にする。
頭に夢を描いて絵にする。
大小あれ、同じ事だ。


ようやくですが、ここで制作内容を言います。
僕がたどったルートが、トーン記号みたいにするつもりです。(あれですね。楽譜の最初のマーク)
もういびつだろうが、おかしな形になろうが、
うずまくこの地のトーン記号にします。

そして、この地のうずまく歌です。2009年 日本 です。


人のたどった足跡、自転車痕がそう簡単にやすやすと消えるものだろうか?

歩きながら出会った多くの人々。岡山から本州を歩き、車から僕を見たとんでもない数の人々。そして描いた絵。

僕がたどった、またたくさんの人が各自でたどっている足跡を僕は踏みにじって消すことができるだろうか?

いいや。できない。人がたどった足跡は消すことができない。
僕は多くの人に出会い、多くの人のそれぞれの足跡がはっきりと消えていないのを知っている。

仮に人の足跡は消えるというお方がおられましたら、僕はこう言わずにはいられない。

ひとさまの足跡を勝手に踏み消すような真似はやめろ!気分が悪い!と。



えー!えらく長い文章になっていることをここでお詫びします。

えー!あと他にも書き足すことがあるような気がします。

一点
あー!そうそう。いったん宗谷岬でリトルウイスキー村、追跡の旅は一区切りです。歩いてでないと、追跡はできませんので。それに合して、旅ハガキも宗谷までです。基本日記メモを書き写していますので、旅すがらお送りします。ここの辺りはきちんとします。

二点
自転車旅は今の時代に呼応して、スピーディーなブログ更新にします。
ですから、今日は30日なのに、ハガキは15日の内容かよ!みたいなことはありません。たぶん(汗)
アイデアはマスターkouにすでに伝えておりますので、あとはパソコンでできるかどうかです。

三点
うずまくこの地の歌の歌詞も作ります。
いままで歌詞を作ったことありませんが、なんとかします。
それで、業務連絡。
マスターkouさんへ。
まちかど大学の千引助教授に作曲・歌の依頼をお願いしてください。それで、エリッククラプトンも真っ青なアンプクラウド映像をとってYOUTUBEにして、当ブログで流しましょう。まだ、歌詞もできていませんが(汗)、千引助教授、よろしくひらにひらにお願いします。
茶碗の絵付けの件しっかりと覚えております。帰ったらその壁にもなんとか戦える器になると思いますので、なにとぞです。

三点
あと、あと旅先で出会った数多くの方々、他県・地元の方々からマスターkou経由で連絡等が入っているのも知っています。出会った旅人さん必ず再会しましょう。他県・地元の方々必ず再会しましょう。


それでは!ben
早くしないと今夜のねぐらが見つからない!アワアワ。すんません!!明日も自転車がんばるぜ!

最後に、
ママチャリ\16.800。三段切り替え。

正式な愛チャリの名 フラット国道45号線

愛称 フラット45号


ああ!ああ!必ず絵葉書送りますんで、待っててください!
09/05 21:40 | benメモ | CM:0
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