会いたくても
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/-- --:-- | スポンサー広告
作品No.406 草むら海
草むら海
ben(コメント)  
絵の物語性について
僕は絵を描くとき、だいたい、いやほとんどが、空想です。
空想で、世界・情景・景色を作り、そこに人・旅人を登場させます。
その過程で、景色や登場人物に自分の思い・感情を注ぎ込んでいきます。
自分の思いや感情は、どこからきたものなのか?
それは、今、今感じている事というのを省けば、もう完全に自分がいままでに経験した記憶からです。
「ああ、いつだったか忘れたけど、海風を受けて背の高い草が揺れていたよな。ああ思い出したぞ」
という具合に、下書きの段階で感情を込めていくわけです。
そして、筆を握り出すと、もっと感情・思いが入っていくんですね。
で、どんどん思いを注入して描いていくんですが、ここからちょっと不思議...
これまた出来上がるにつれ、絵は、僕からは遠ざかっていくんですよね。
ふつうは、絵に自己が乗り移ってしまうと思われるかもしれませんが、
いやいや、完成が近づけば、近づく程に、絵自体が独立していくんですよね。
「この旅人は、どこから来たんだろう?どこを見つめているんだろう?」
なんて、僕が?マークで絵の登場人物に聞いてみたくなること度々です(笑)
ですんで、
「この旅人は、絵を描いたあなた本人なんですか?」と聞かれると、
「ええ。まあ、反映はしているんですけど...もぐもぐ...」
という感じの返答になること、少なくも多からずです(笑)

おごるのでもなく、へつらうつもりでもなく言わせてもらえれば、
「無から自分で絵を創作し、いつのまにか、自分自身から離れ、自分で絵について想像している」
って言うのは、僕のしゃべり方が、簡易でなく申し訳ないんですが、
”絵が物語を持つ”一つのケースではないんでしょうか?
まあ、写実、空想、その他に関わらず、
”絵に心を大切にこめる。しかしいつしか、絵は自分から遠ざかっていく”
まるで、親と子のようなものなんですね。
”親が子を育て、子が次なる物語を紡いでいく”みたいに。

なんて、うねうね文をおしまいにしたところで、本日は失礼致します。ben


制作年月日 2008年 11月23日
紙(サイズA4)
アクリルガッシュ、色鉛筆、ペン



ポチっと押して頂ければ、感謝です!!→にほんブログ村 美術ブログ アクリル画へ にほんブログ村 美術ブログへ FC2 Blog Ranking
寒くなりました。皆様、風邪にはお気をつけ下さい。感謝です。


11/24 18:18 | リトルウィスキー村追跡の旅シリーズ(絵)
template design by takamu
Copyright © 2006 ben&kou All Rights Reserved
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。